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2007年1月16日 (火)

30.田んぼを借りる

稲作も大型機械でするようになって以降、1枚の田が小さい谷津田と言われる田の多くは不耕作のままになっています。ですから、米をつくろうと思えば谷津田ならほとんど地代無しで借りることができます。基盤整備がなされていて、蛇口ひとつひねれば水がでるような灌漑設備の行き届いた田は地代として平均米2俵(それに相当する金額)、あるいは地代は安いが水利組合費や土地改良費などを年割りで払わされることになります。それに、1枚の田がかりに10アールとしても、そうした田は幅10メートル縦100メートルですから、草取りなど腰をかがめてする作業では気が遠くなってしまいます。それに比べると谷津田は1枚1枚が比較的狭いので、仕事の達成感もあり、面積に圧倒される感覚からも逃れられます。

谷津田はまた、農薬が混じっていないきれいな沢の水を常時取水することができることが強味です。自分の思い通りの水管理ができるわけです。ただし、その分手間が人一倍かかることは覚悟しなければなりません。畦、これをクロと言いますが、このクロ塗り(水がもれないようにどろどろの土で畦の内側を塗りつける作業)をする畦の長さは田の枚数が多ければ多いだけ長いからです。それに、ザリガニやモグラがいつ畦に穴を開けるかわかりません。気付いたときには田が干上がっていたなどということも起こります。そのため、毎日田を見てまわる必要があります。この「田まわり」は、「作物は人の足音を聞いて育つ」とも言われることからも、それをよしとしましょう。

ところで、ここ数年、谷津田での米つくりを楽しんでいる友人がしきりと頭をかかえるようになりました。それはイノシシによる被害です。やっと実った稲を食べられたり、田をぐじゃぐじゃに荒らされるのです。里山が放置され、人と獣の境界がはっきりしなくなったためと思われます。

田を借りるには、地元の農家の口利きを必要としますから、その折りに土地条件やイノシシの有無などをあらかじめ聞いておくことが肝心です。

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2007年1月11日 (木)

29.米つくりを考える

田舎に住まいを移したその地域が、稲作地帯なのか畑作地帯なのか、あるいはそれら田畑と縁遠い山の中なのかで、生活に取り入れる農的暮らしのスタイルは自ずと異なります。そのことを重々承知の上で、でも日本人と米は切っても切れない関係にあるので、ここでは敢えて米つくりに一文を割くことにいたします。

こんにちの日本は米はあり余っているし、お金を出せばスーパーでもどこでも手に入ります。それなのになぜわざわざ米をつくるのか。この問いに合理的な回答は出せないのですが、晩秋のある日、籾すりが終わって玄米が入った茶色の30キロ袋が、かりにそれが1袋であっても、ドサッと足もとに置かれたときの感慨は、一種独特のものがあります。

米はその字のごとく昔は八十八も手間をかけてつくるものと言われていましたが、今は機械がその多くを引き受けてくれるので、素人でもそこそこにつくることができます。慣行農法でする米つくりは田植えから収穫まで、途中の薬剤散布をもすべて機械でしているので、一時期を除き、田んぼの中に人間を見ることはほとんどありません。そうして穫れた米の袋を前にしたとき、果たしてその感慨はどのようなものでしょうか。

長いサラリーマン生活で米つくりはズブの素人なのに、移り住んだ1年目から田んぼを借りて自前の米を食べている家族を、私は身近に数組知っています。それらの人の耕作する姿を思い浮かべながら、もちろん私自身の経験もまじえて、米つくりの概要を述べることにいたします。

50代以上の人ならば、おそらく誰もが幼少期に泥んこ遊びや水遊びをした経験があるはずです。米作りはどうもそうした遊びに通じるところがあり、遠い昔に置き忘れてきた遊び心を呼び覚ます作用をもっているのかもしれません。

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